美濃路を歩く / 放浪日記

 #第3日目|大垣−垂井 平成14年(2002)10月14日(月)


2002年10月14日(月)美濃路第3日目:大垣−垂井 天気:晴れ(夏日)

■第3日目スタート
 昨夜は早めに寝たためか、久しぶりに快適な目覚めを迎えた。今日は、美濃路放浪最終日、残りの区間を歩くのであるが、昨日一昨日とかなり頑張って歩いたため、残りの距離はあまりない。この2日間はなんとなく急いで歩いてしまった感があったが、今日こそのんびりと街道歩きを楽しむぞ〜と心の中で思いつつホテルを後にした。


■必須ポイント・大垣城へ立ち寄る
大垣城の内柳口門(復元されたもの)
【大垣城内柳口門】
 まずは、昨日終えた地点に戻る前に、忘れてはならないスポットがある。それは『大垣城』である(写真館)。美濃路沿いにある復元されたお城の一つで、大垣市の中心部に位置しているのだ。さっそく地図を見つつ一路お城へ。駅通り沿いのアーケード商店街をテクテク歩くと、ほどなくしてお城入口に到着。入口部には内柳口門が復元されており、当時の様子をうかがい知ることができる。

門をくぐると、ちょっと高台のところに復元された天守閣がそびえ立っていた。

大垣城〜予想以上に外観は見事なお城でした
【大垣城(天守閣)の雄姿】
 実は、この天守閣内は、ご多分に漏れず資料館ともなっている。その資料館でもあるお城の開館時間がわからなかったので、事前に宿泊したホテルのフロントに問うてみたところ、地元の有数の観光スポットであるにも関わらず、わからないとの回答をもらっていたので、開いているかどうかちょっと不安だったのであるが、開いていてホッとした。
 さっそく受付でお金を払って中へ(入場料100円)。すると、朝っぱらから結構な人がすでに内部にはいた。しかも子連れが多いのであるが、若者も結構居る。珍しいなぁ・・この辺りの若い人は早起きな人が多いのかしらん・・。そんなことを思いながら内部の資料を見つつ、徐々に展望室へ。大垣城の天守閣は、外に出れるようになっておらず、窓を通して周辺を見るようになっていたので、簡単に周辺部を見た後、下に降りて受付のおばちゃんにお礼を言って、お城を後にした。


ここを右折
【中央に見える道標が見えたら右折】
 そこから再び駅通り商店街を歩き、途中大垣特有の細い川の流れる道を右折して、昨日終えたポイントに到着。さぁ、ここから本格的な美濃路放浪の再開である。まずは、道は真南へ向かっているが、ほどなくしてぶつかり右へ行って再び南へとひたすら南下を続ける。それから少し歩くと道標』を発見。ここを右に。



■歴史のありそうな和菓子屋を発見
知る人ぞ知る和菓子屋さん?<たくさんの人が車で訪れていました
【歴史の深そうな和菓子屋】
 その後、すぐの十字路を左折(つまり南下)しなければいけないのを、間違えてまっすぐ進んでしまったため、あるべき問屋場跡や本陣跡がなかった。それに気づいた後は、道を曲がり本来の美濃路と思われる道を探し、とりあえず『本陣跡』だけは発見した。この本陣跡は、明治天皇も宿泊したところであり、大垣市の指定史跡となっていた。現在は大垣市竹島会館がそこにはある。
 大通りを横切りさらに道は西へ。すると、ほどなくしてお客がたくさんいる店を発見。建物は、かなり年季が入っていそうで、どうやら和菓子屋らしかった。車で来ている人が多かったので、遠方から来ていたのだろう。



■芭蕉関連の施設・むすびの地記念館
むすびの地記念館
【むすびの地記念館】
 そこから曲尺手になっている道をクネクネと歩きつつ、『船町の道標』を発見。この辺りは、またもや水の流れる空間となっており、大垣の大きな特徴を醸し出しており、かなり良い感じなっている。その景色を堪能した私は、近くにある芭蕉の『むすびの地記念館』に向かった。
 むすびの地記念館は、大垣市総合福祉会館内にあるのだ。入って真っ正面にそれはあった。受付のおじさんに聞いてみたところ、無料で見学していいですよ〜とのことなので、さっそく資料館へ。
水の流れる町は、清涼感漂う素敵な空間が見られます
【水の豊富なまち・大垣】
 ここは、資料館と言っても、それほど大きなスペースがあるわけではなく、芭蕉が続けてきた奥の細道の終着地であることから、それにちなんだものを展示しているというわけだ。もっとも、芭蕉は、俳友木因がこの地にいたため、計4度も訪れたらしい。しかも、水の流れるこの街は、どこか風情が感じられる。芭蕉ならずとも一句詠みたくなるだろう<ホントか?(笑)
 その後、入口部だけ写真撮影を許可してもらって、受付のおじさん達にお礼を言って記念館を後にした。


■大垣宿ならではの景色を堪能
大垣を代表する景観。両側にある桜が色づいた頃は、さぞ壮観なんだろうなぁ〜
【大垣宿に見られる風景】
 その後、再び船町周辺の景色を堪能しつつ写真に収める。うん、見れば見るほど良いなぁ〜。赤い橋、『住吉燈台』、船などパーツが揃っている。しかも、桜の木も植わっているから、春の時期にはさぞかし壮観なのだろう(写真館)。さらに、近くには芭蕉の石碑や、句を作って投函できるような『投句台と投句箱』などもあり、興味がそそられ、一句詠んでみようかと思ったが踏みとどまった。世間に恥をさらすこともあるまい・・(笑)
 十分堪能した私は、ようやく重い腰をあげて先を目指すことにした。
 しばらくは、車通りのある道沿いを歩くことになる。途中、色々な立ち寄りスポットがあるはずなのだが、ほとんど発見できず。今回の放浪は、こればっかだ・・・。
 その後、反対側にコンビニを発見したので、色々と買い込んだ。そこから少し歩くと川があり、その風景が良かったので、川の土手で休憩していくことにした。こういうところでのんびりしていると、日常の雑多な生活を忘れるようだ。しかしながら、明日からまたいつもと変わらない生活が始まるのだ・・。旅とは楽しいものであるが、終わりが来ることを考えるとちょっと寂しくなってしまう。


■頭でっかちな常夜灯
塩田の常夜灯
【塩田の常夜灯】
 ちょっと現実に引き戻されつつも、十分休憩したので、再び歩き出した。ここで少し大通りから外れて南下をして、一本南の橋を渡る。この橋脇には、頭でっかちな『塩田の常夜灯があり、かつての美濃路であったことを証明してくれる。


■今も現存している久徳一里塚
南側のみ現存している久徳の一里塚
【久徳一里塚】
 道は、ここから北へ。先ほどの大通りを突っ切って道路の反対側の裏道を西へ向かって歩く。そろそろ久徳の一里塚があるはずだ。次の一里塚は、美濃路で2カ所しかない現存している一里塚なのだ。見逃さないようにしなければ・・。そう心に誓った私は、自然歩みが遅くなる。そうした甲斐があったのか、無事に『久徳一里塚』を発見。南側だけ残っており、なんとも嬉しい限りだ。さっそく写真に収め、再び西を目指す。


長松城跡
【長松城址】
 ほどなくして、裏道から先ほどの大通りへ。この辺りは、かつての美濃路が少し途切れているところで、大通りを歩かざるを得ないのだ。この通りは、結構車通りが激しいので、あまりよろしくない。しかも、今日は昨日以上の夏かと思えるような暑さで、結構グッタリしてきている。早く裏道に戻りたい・・その気持ちが足を歩ませているようだ。そうして、ようやく美濃路は裏道へ。ふぅ〜やっと落ち着いた感じだ。そこから『道標』などを見つつ、道は西へ。正確には違うのであるが、『長松城址』の石碑が近くにあるらしいので、それを見たいがために美濃路を一時逸れたのだ。その後、テクテク歩いていると、小学校前に大きな石碑を発見!石碑があるのみだが、お目当てのものを見つけることができたので、再び美濃路に復帰することに。といいつつ、実は、この辺りも道が途切れている。美濃路は、東海道などに比べて、かつての美濃路道が途切れてしまっているところが多い。
お城?・・ではありません(笑)
【お城の形をした・・】
 その後、かなり太い大通りにぶつかってその道沿いを歩く。もちろん、ここはかつての美濃路ではない。その大通り沿いには、お城かと思えるような建物があったりして(実はラブホテルのようだ(笑))、それらを横目に(<見てるんかっ)テクテクと。道は十字路にぶつかり、ここを右へ。車通りのある道だが、道自体はそれほど太くない。車に注意しながら歩くことにする。



■美濃路最初で最後の松並木を堪能
垂井の松並木〜美濃路唯一の松並木は良かった〜♪
【美濃路唯一の松並木】
 そして、この辺りに美濃路最後の一里塚となる綾戸の一里塚があるはずだが・・とペースを落として探してみたが、結局見つからず。元々ないのか、それとも探し損ねたのか・・それも謎のまま先を進む。それからしばらく歩くと、踏切があった。これは、JR東海道本線だ。踏切を渡って先を目指す。そろそろ終着点が近づいてきたようだ。前方には、美濃路唯一の『松並木』が見えてきた写真館)。
 やはり松並木はいつ見ても良い。旅の雰囲気を演出してくれる貴重な遺構だ。この辺りの松は、江戸中期から明治初期ぐらいに植えられたものだそうで、周辺の松は台風などにより倒れてしまったそうだが、ここの松はそれを乗り越えてきた立派なものである。感謝感謝・・。
 さらに歩き続ける。距離が短いためか、東海道のような感慨深いものはないが、やはりまた一つ街道を踏破できることは嬉しい。気持ちも若干高ぶっているようだ。その後、道沿いにあるスーパーで最後の飲料補給をする。ついでにトイレも(笑)<こっちがメインだったりするのだが、小心者なので何かを買わないと申し訳ない気持ちになってしまう(笑)


■ついに美濃路踏破!
中山道との追分に到着!今まで歩いてきた道を振り返ります
【美濃路終着点】
 すっきりした私は、最後の歩きを敢行する。といいつつ、スーパーから5分もしないうちに分岐点らしきところが見えてきた。おお〜ついに美濃路も踏破だ〜。そう思いつつゆっくりと歩みを進めていくと、分岐点ではなんと街道ウォーカーらしき人が追分の道標などを写真に収めている。私が到着する時までにいたら挨拶しよう・・と思っていたが、残念ながら、その人は中山道の道を東に向かって歩いていってしまった。おしぃ!
 そして、ようやく美濃路と中山道の分岐点に到着!!やったーっ!東海道に続いて2街道目の踏破だ〜〜。しかし、このときはここまで喜びを表に出していたわけではない。実は、暑さで結構バテていたりする。
 とりあえず、『追分道標』などを写真に収め、まだ見ぬ中山道に目をやった(写真館)。これで、東海道を歩いていた時の草津宿についで2カ所目の中山道との接触だ。この後、甲州街道を歩くと終着点が中山道との分岐点・・・中山道とは縁が続きそうだが、歩くのはまだ当分先になるだろう。


■エピローグ・・・旅は終わらない
この景色をまたいつの日か見ることになるだろう・・・その時までSee You Again・・・
【いつの日か中山道を歩くその時まで・・】
 その後、美濃路を歩き終えた私は、近くの垂井駅を目指して歩き始めた。すでに、この道は中山道である。歩くことはためらわれたが、ここを歩かないと駅には到着しないのでしょうがない。その後、中山道垂井宿の中心部を少し歩く。なかなか落ち着いた歴史の感じられる街並みで、中山道を歩く時が楽しみになってきた。とりあえず何枚か写真を撮り街道を離れて垂井駅に向かった。ほどなくして垂井駅に到着。
 3日間という長いようで短い週末は、私にとても貴重なものをもたらせてくれた宝物のような時間になった。決して形では表せないものだけど、心の中に生き続けることになるだろう。美濃路よありがとう・・。(完)

歩数計 18,625歩
カロリー 774.8kcal
距 離 11.18km
時 間 9:25〜13:20
支 出 交通費|14,390円
飲食費|784円
その他|11,650円(宿泊代、入場料)

2003.10.8update


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