#第2日目|調布−西八王子 平成14年(2002)11月16日(土) 天気:曇り


放浪日記第二日目MAP|調布−西八王子



■土方歳三資料館にて
土方歳三資料館(館長の土方さんの敷地内にあります) 一旦甲州街道をはずれ、目指す目的地へ。しばらく歩くと巨大なコンクリート物がニョキニョキそびえ立っている道路にぶつかり、そのままその道沿いを歩く。これは、多摩モノレールが走っている線路(と言って良いのか?)である。

 甲州街道をはずれて1.5キロほど歩いた時、資料館への道案内を発見。その案内板に従って道を右へ。ほどなくして『土方歳三資料館』に到着。と、今日は資料館が開いていないはずなのにものすごい人だかりが・・。土方ファンが常に訪れているというのは本当だったのかと思いつつ、資料館前の説明板を写真に収めていると、そこに居た「ものすごい人だかり」軍団が何故か敷地の中へ。ん??・・今日はもしかして臨時の開館日?と勝手に解釈して後からノソノソついていく。
 すると、どうやら新撰組を愛する会(こんな感じの団体)というようなところが団体で日野周辺を見学しに来ているらしく、それで本来なら休みのところ、急遽資料館を開放したらしい。ところが、このときはそんな事情を知らない私と同じようにたまたま個人的に訪問しに来ていた数名は、訳がわからず入口付近で立ち往生してしまった。すると、館の職員らしき人が出てきて、「個人的に訪れたみなさんですか?今日は特別にいいですよ。ラッキーですね。」と言ってくれたので、遠慮せず入れさせてもらうことに。やったっ!!マジでラッキー!
 中に入り、入館料300円を払う。おおっ・・・なんと館長自らいるじゃないですか。館長さんは土方さんと言い、土方歳三のお兄さんの子孫である。その館長が全員集まると館内に飾ってあるものを一つづつ説明し始めた。館と言っても4.5畳くらいの部屋である。それでも30分くらい丁寧に説明してくださった。歳三が自ら使っていた兜や位牌、薬売り時代に用いていた行商道具など、それは歴史的に貴重なものばかりで、もう感動しっぱなしであった。
 その後、館長によくよくお礼を言って、資料館を後にした。万歩計を忘れて朝からブルーだった気分は、一転ウキウキモードに。

■石田寺にて参拝
土方歳三のお墓(一番の右のが歳三のお墓です) その団体と別れた私は、再び一人になり歳三のお墓がある石田寺を目指す。しかし、この辺りは「土方」さんばかりだ。家々の名札を見ると、ほとんど土方さん・・みんな親戚なのかなぁ・・・。

 資料館からはそれほど遠くないところに『石田寺』(せきでんじ)はあった。ここもたくさんの人がいるかと思いきや、人っ子一人いなかった。さっそく中に入り、お墓を探していると案内板があり、それに従って進むと、ほどなくしてお墓にたどり着いた。歳三は函館で戦死したので、ここにお骨はない。お墓の前で手を合わせた後、写真を撮らせてもらい、石田寺を後にする。しかし、お寺も「土方」さんのお墓ばかりだった。


■万願寺一里塚跡
万願寺一里塚跡 そんなこんなで、十二分の満足感を得た私は、再び街道歩きを始めるべく、甲州街道に復帰するために歩き始めた。その前に、若干寒さをしのぐために、コンビニで肉まんと缶コーヒーを購入。ふぅ〜少しは温まったぞ!
 と、前方に何かを示した案内板を発見。近づいてみると、日本橋から9番目の『万願寺一里塚跡』であった。その一里塚があったらしき所にこんもりと小山がある。どうやら日野市内に現存している唯一のものらしい。ちなみに、この一里塚もかつての甲州街道から外れたところにある。(追記:復元されてきれいに整備されたという情報有り)

 一里塚を後にした私は、ひたすら甲州街道復帰を目指す。甲州街道からかなり外れたので、戻るのが大変だ。しかし、先ほどのことがかなりプラス効果となり、集中力は途切れることがなかった。途中、道ばたに居たネコを写真に収めつつ、ようやく甲州街道に復帰。

ネコ


■日野館で食事(※現在は日野本陣)
  その後、特段大きな見所のないまま先を目指す。と、ぼちぼちかつての日野宿の中心地に近づいたようだ。すると、左手に『日野館』を発見。これは、先ほどの土方歳三の義兄の佐藤彦五郎氏の家屋だったところでもある。しかも、その建物前の現在駐車場として利用しているところには、かつて歳三や近藤勇、沖田総司などが剣術を磨いた『天然理心流道場』があったところなのだ!もう新撰組ファンには、たまらないスポットだろう。かくいう私も、ディープなファンではないが、司馬遼太郎氏、池波正太郎氏等の小説を読んで胸ときめかせた一人である。

日野館(現在は日野本陣)

 まず、日野館の対面にあったとされる『問屋場の跡石碑』を写真に収めたあと、さっそく「日野館」の中へ。現在は、手打ちそば屋さんとなっており、堂々と家屋内部に入ることができるのだ!(追記:2004年1月よりおそば屋さんから「日野本陣」に変わりました。これまで非公開だった、奥の間(上段の間は火事にて焼失)等も見学することができます。ガイドさんが詳しく説明してくれます。(2004年1月訪問))

 重厚な門をくぐると、目の前に当時の姿を偲ばせる全景が目の前に。そのままそれを横目に脇の入口から入る。「ガラガラ〜」「いらっしゃいませ〜」元気な声が飛び込んでくる。「一人ですか?ご自由にお座り下さい」とのことなので、一番奥の上座に堂々と座った。だって、そこだと全体が見渡せるんだもん。
小エビ天ぷらそば〜日野館で食しました メニューを見て、せっかくなので一番高い小エビの天ぷらそば(1550円)を注文。そばが来るまでの間、館内をグルリと見渡す。かなりお昼時からずれているため、人はまばらだ。館内は、当時のままの姿を保存しているのか、その雰囲気が十二分に伝わってくる感じだ。

 ほどなくしてそばが到着。とりあえず食べる前に写真に撮り、さっそくいただくことにする。うん、まぁまぁかな。お昼をまったく食べていなかったので瞬く間にたいらげる。食べ終わった後も、ここの雰囲気を肌で感じていたくてのんびりしていたが、あまり長居するとこの先に影響するので、お店を後にすることにした。まぁ、ここならまたいつでも来れるし。


■見事に色づくイチョウ並木を堪能
 日野館を後にした私は、西に向かって再び歩き始めた。この先、大きな見所はほとんどない。八王子のイチョウ並木が今日の最終目的地だ。しばらくは国道20号沿いの歩きが続くので、少し早歩き気味に歩く。
 この八王子に着くまでの道は、至る所にイチョウの木が植わっている。これがまた良い感じに色づいているのだ!たっぷりと秋の景色を堪能しながら先を目指す。これがあるから、秋の街道歩きは楽しいんだな。八王子のイチョウ並木も楽しみになってきた!

見事に色づくイチョウ並木

 日野宿から約5キロ近く歩き、浅川という川にかかる橋を渡ると現在の八王子の中心部、そしてかつての八王子宿に入る。ここで、一旦甲州街道からはずれて、一里塚を見に行く。ほどなくして、一里塚の石碑を発見。これは、江戸から12番目の『竹の鼻一里塚跡』だ。写真に収めた後、ここまで無休憩ですっ飛ばしてきたので、一旦公園で足を休めることにする。公園内では、小さな子供達が寒い中遊んでいる。子供は風の子、いつの時代も変わらないんだなぁ・・。
 のんびりしていようと思ったのだが、空がだいぶ暗くなってきたので、10分ほどの休憩で再び歩き始める。まずは、甲州街道に復帰。そこは往時の八王子宿の中心であり、現在の八王子の中心市街地でもある。久しぶりに人の往来の激しいところだ。


■八王子宿(横山宿)をゆく
 そんなこんなで、商店街沿いを歩く。途中、珍しいお店を発見(下写真。残念ながら2003年10月に閉店・・・)したりして、こういう街道歩きもおつなものだと思いつつ先を急ぐ。
 だいぶ暗くなってきている。そういえば、日がだいぶ短くなってきているのだった。それから30分近く歩いて、ようやくイチョウ並木の入口部に到着。その交差点部にあった歩道橋に登ってイチョウ並木を見てみるが、すでに暗くなっており、写真にきれいにおさまるか微妙な状態だ。とりあえず数枚撮ってみるものの、あとで出来を見てみたら失敗に終わっていた・・。


■本日の旅路終了
本日の終着点・西八王子駅 それでも、暗い中、街灯の光を頼りにイチョウ並木を堪能する。暗くなっても、その色つき具合がよくわかる。それだけに、ちょっと悔やまれるところだ・・。
 そうこうしてるうちに、本日の終着点・西八王子駅に入る交差点に到着。次はいつになるかわからないが、次に来る時まで葉っぱよ落ちないでくれ・・と祈りつつ、一旦甲州街道から外れる。
 ほどなくして西八王子駅に到着。今日は、最初のトラブルから途中の予期せぬ嬉しい出来事までずいぶんと密度の濃い一日であったが、全体として満足のいく放浪が出来たことの喜びを胸に、駅の階段を登り始めた。(つづく)
→第3日目 西八王子−上野原


歩数計 31,759歩+7,812歩(2003.03.02)
カロリー ???kcal
距 離 21.35km + 4.69km(2003.03.02)
時 間 8:19〜16:50
支 出 交通費|1,290円
飲食費|2,443円
その他|510円(入館料、万歩計代等)

2002.11.28update
2007.03.26renewal


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