東海道を歩く(東海道五十三次) / 歴史探訪


東海道:四日市宿〜石薬師宿
四日市宿場の中心部は、アーケード商店街となっていました〜 四日市宿
東海道43番目の宿場です。
桑名宿と同様に海運で栄え、伊勢参宮街道との追分として栄え、宿内家数1811と、東海道五十三次でも有数の規模を誇りました。
その後、四日市は工業地帯として発展し、中心部は往時の面影を失していますが、ちょっとはずれると昔ながらの街並みが見られるところもあります。

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三滝橋〜その昔、歌川広重の絵に描かれています 三滝橋
歌川広重が描いた「東海道五十三次」において、四日市宿を描いたのが、この「三滝橋」だそうです。
今では、なんてことない普通の橋になっています。

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元祖なが餅舗〜歴史のあるお店なのだっ 元祖なが餅舗・笹井屋
なが餅で有名な笹井屋です。
戦国時代の武将・藤堂高虎がまだ足軽時代の頃、青雲の志を抱いて、日永の里に至り、空腹一文無しで“出世払い”を条件に「吾れ武運のながき餅を喰うは幸先よし」と勇んで食したという逸話が残っています。
創業は、天文19年(1550)戦国時代だそうです。

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手差の道標 手差の道標
石造りの道標で、文化7年(1810)と刻まれています。
写真に写る面には「すぐ江戸道」「すぐ京いせ道」という文字がかかれています。

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諏訪神社〜今も昔も地元の信仰の対象になっているのです 諏訪神社
“おすわさん”と市民に愛称されている諏訪神社は、商業・漁業の神として古くから崇敬されてきました。建仁2年(1202)信州諏訪上下両社を勧請したと伝えられています。
地元の人がひっきりなしに訪れていました。

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鈴木薬局〜歴史のある旧家です 鈴木薬局
200年以上も製薬業を営む旧家です。
東海道沿いにあるこの建物は、昔ながらの街並みが続くこの通りでも、ひときわ目を引く建物でした。

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大宮神明社 大宮神明社
当社は永宮さんとも呼ばれ、主祭神として天照大御神を祀っています。

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大聖院 大聖院(だいしょういん)
院内にある「木造不動明王立像」が国の重要文化財に指定されています。同像は、平安時代、源頼義が定朝に刻ませたと言われています。

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日永の追分〜ちょっと逆光気味です(^^; 日永の追分
東海道と伊勢参宮道の分岐点で、間の宿でもありました。東から来た時、この分岐点で右に行くと東海道、左に行くと伊勢参宮道(伊勢街道)になります。
時間の関係で、ちょうど逆光の写真となってしまいました。

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杖衝坂〜色々と歴史のある坂なのです 杖衝坂
日本武尊は、伊吹山の賊を討ち病にたおれ、剣の杖にすがりながらこの坂を越えたと言われている伝説の坂です。
坂の途中に『杖つき坂を落馬かな』と芭蕉が詠んだ句碑があります。

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血塚社 血塚社
日本武尊が足の血を封じた場所と言われているところです。
日本武尊は、病を患っていたんですね。

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采女一里塚跡 采女一里塚跡
江戸から数えて101番目の一里塚跡です。
現在は、国道沿いに碑が建っているのみです。

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2002.8.16update


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