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東海道を歩く(東海道五十三次) / 放浪日記 |
#第2日目|川崎−新子安 平成13年(2001)2月10日(土)
平成13年(2001)2月10日(土)天気:晴 東海道:川崎−新子安 |
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![]() まず、前回終えた場所‘川崎’まで電車を乗り継いでいくことにした。途中、今日の足の状態をチェックしながら歩いていく。とりあえずほとんど痛みはないが、やはり不安が残る。しかし、こういう時に楽天家な私は、なんとかなるさと前向きに考える・・・図太いというべきか(笑) 川崎駅に着いたのが8時半(写真上)。駅のコンビニで買い物をして前回終えた旧東海道まで足を運んだ。そして、少し歩くと見覚えのある看板を発見。ここで屈伸などの準備運動を始め、いよいよ2日目がスタートした。まずは足の状態を確認しつつ、ゆっくりと歩いてみる。うん、大丈夫そうだ。 ![]() しばらく見所もないため、ひたすら歩いていく・・・テクテクテク・・・まだ朝の早い時間帯であるためか、はたまた土曜日であるためか、人通りはまばらである。さらに進み、芭蕉句碑を通過した後京浜急行線を横切る。それからさらに先に進むと、左手に『市場の一里塚跡』を見つけた。ここには、中学か高校の美術部が描いた広重の五十三次絵図が飾ってあり、なかなか上手かった。 ![]() ベンチに座りながら、昔はここから富士山などが見えてきたんだよなぁ、と思いを巡らせてみた。あれから400年しか経っていないのに、今ではとても見えそうもない。東京から富士山を見るには、高層ビルや東京タワーなどに登らないと見ることはできないだろう。しかし、この橋付近は非常に気持ちの良いところであった。 ![]() 歩いていると、なにやら前方が騒がしくなってきた。何事かと思っていたら、なんと魚屋が道の両脇に連なっていたのだった(写真右)。そして、その活気には圧倒されてしまった。この商売繁盛ぶりを、衰退しつつある商店街の人に見せてあげたいなぁと思いつつも、先を進んでいくことにした。 ![]() 後ろ髪を引かれる思いながらも先に進むことにする。ところが、この辺りから足の調子がおかしくなってきた。途中国道と合流し、『生麦事件の碑』を見る。碑の近くにいたネコと戯れた後、その場所を後にした。 ![]() 足をマッサージしたりしてみたが、状態はあまり変わらなそうだ。ここで無理をしても良かったが、先はまだ長いので、この日は歩くことを断念することにした。とりあえず、一番近い新子安駅まで行くことにした。 そうと決めた私は、さっそく休ませてもらったお寺にお辞儀をして寺を出た。少し歩くと新子安駅に到着した。今日は、なんだか中途半端で達成感は全くなかった。とりあえず次の旅までには必ず足を治しておくと誓ったのであった。(つづく) |
→第3日目 新子安−戸塚 |
歩数計 | 10,445歩 |
カロリー | 434.6kcal |
距 離 | 6.2km |
時 間 | 8:36〜10:45 |
支 出 (交通費) |
交通費|0円 飲食費|270円 その他|250円 |
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