#第3日目|河津大滝−下田 平成16年(2004)3月27日(土) 天気:快晴


下田街道行程図〜第三日目|河津大滝−下田


■下田街道3日目プロローグ

 暖かかった2月に比べて、冬に逆戻りしたかのような寒い日が続いた3月下旬の最終土曜日。久しぶりの天気に恵まれることを知り、旅立つことにした。今回は下田街道の3日目。前回終えた河津大滝入口バス停から終着点・下田まで歩く予定である。

 今回の放浪は、距離はさほど長くないが、小鍋峠という下田街道最後の難所がある。にも関わらず、ろくに下調べもせずに旅立っており、少しでも不安を覚えれば良いようなものの、「まぁ、どうにかなるさ」的ないつもの楽観的な考え方をしていたため、後で大変苦労することになる。


■贅沢な車両に乗って、いざ伊豆へ

伊豆急行線は、海岸線に沿って走るのです
【眺めの良い伊豆急行線】
 6時過ぎの電車に乗り込むも、春休みのためか乗車率が高く感じられる。1時間半ほどで熱海着。ここで伊東線へ乗り換える。既にホームに電車は入線しており、止まっていたのは「黒船電車」。ちょうど今年は開国150周年にあたり、それに合わせて普段はリゾート21と呼ばれる車両に特別な塗装をしているようだ。この車両、一風変わった席となっており、海側の席が窓に向かっていて、海が良く見えるようになっている。普通料金でこの電車に乗れるなんて贅沢だ。人もさほどおらず、その見晴らしの良い席に陣取るも、太陽を真っ向から浴びる形となり、かなりまぶしい。伊東駅から先は伊豆急行線に乗り入れて河津駅着。ここからバスに乗り換え、ほとんど貸し切り状態のまま終点へ。
熱海始発のリゾート列車
リゾート列車
リゾート列車車内
リゾート列車車内
伊東に行くならハトヤ〜♪<古いCM
ハトヤホテル
こんな良い景色も見られます
絶景
2004年特別車両・黒船電車
特別列車
河津はバガテル公園でも有名
河津駅
段々山の中へ
バス車窓
貸し切り状態
バス車窓

下田街道マップ13|河津大滝〜湯ヶ野地区



■下田街道3日目スタート!

 河津七滝付近に着いてビックリ。朝から観光バスが押し寄せ、たくさんの人でごった返している。前回見た七滝をもう一度最初から見ようと思っていたが即座にあきらめ、唯一前回見そびれた大滝だけを見学してから(ここはそれほど混んでいなかった)、今回の出発点である大滝入口バス停へ。さっそく万歩計をリセットして歩き出す(9:57)。
前回終了地点・大滝入口バス停からスタート
【今回の出発点・大滝入口バス停】
河津七滝の一つ・大滝
【大滝】
ここで右の細い道へ
【裏道への入口】
読みづらいじょ
【錆びかけた案内板】


■巨大な人工物・ループ橋の真下をゆく

 南下を始めてすぐ右の細い道に入る。そのままループ橋の真下を通過。すごい巨大な人工物だ。いわゆる一つの名所にもなっている。前回の放浪帰りにバスに乗ってここを走ったが、グルグルと目が回りそうになった<ちょっと大げさ。お台場のレインボーブリッジなどがそれに近いかな。

 ループ橋が頭上から離れてほどなく、「踊り子ハイキングコース」と書かれた錆び付いた案内板。これを頼りに右折。集落の中の落ち着いた道をゆく。ところどころに石仏群も見られる雰囲気のある空間が続く。途中、深読みしすぎて砂利道を進んでしまうなど、道を間違えたりしながらも快調に進む。
ループ橋を下から見上げます


■よさげな集落・梨本

 ほどなくして、これまた雰囲気の良い集落に入る。この集落は梨本地区であり、水が潤い、鳥がさえずり、風が吹くと花が散り、なまこ壁の蔵や瓦屋根の家屋が見られ、情緒の感じられるところだ。集落内には、「梨本本宿てつぽう」と書かれた新しめの石碑、すぐ横に「左湯島近道 右天城街道」と書かれた古い石碑が見られる。国道開発から免れたことが幸いして、今も昔も同じような景観を見せていたのだろう。道は、国道に合流する手前で右折。今度はさびていない案内板も見られ、それに従う。
集落内風景 梨本集落内の石碑


■色鮮やかな菜の花畑に遭遇

 集落が終わると段々畑が小さいながらも拡がっている。その一角に菜の花畑。決して広くはなかったが、その花の黄色の鮮やかさに心奪われ夢中でシャッターを切る。が、腕が悪いため写真はいまいちの出来。もっと写真撮影うまくなりたいなぁ・・。自分の目で見たものと同じくらいの感動をたくさんの人と共有したいものだ。

 菜の花畑を後にして、川に架かる吊り橋を渡る。そのまま苔むした階段を登るといきなりゲートボール場へ。そこには10人前後のお年寄りがゲートボールをしており、視線が一斉にこちらへ向く。あちゃ〜その場の空気を濁してしまったと思いつつも、会釈をして早々に退散。ゲートボール場へぶつかるなら始めに言ってくれー。ちなみに、反対側にはその案内板が設置されていた・・。
菜の花畑ーっ 梨本集落内の石碑


■川端康成ゆかりの宿・福田屋

 さらに落ち着いた集落を進む。天気も良く非常に気分が良い。自然に歩みも遅くなる。橋を渡ったところに見慣れた案内板。ここで初めて「下田街道」と書かれた手づくりの案内板を見かける。この辺りは湯ヶ野地区。ここで一旦街道を逸れる。向かうは湯ヶ野地区の福田屋。川端康成ゆかりの宿である。
先ほどの案内板から道を下り、国民宿舎を横目にほどなく到着。この湯ヶ野地区、第一印象はひなびた温泉街だった。ほどなく福田屋を発見。以前雑誌で見たまんまの雰囲気が漂っており、なんとなく情緒が感じられる。
川端康成ゆかりの福田屋
菜の花と福田屋 福田屋近景
福田屋玄関 福田屋内伊豆の踊子像


■伊豆有数の観光地・湯ヶ野の細やかな配慮

 ゆっくり見学する前に、近くのトイレを借用することに。「お手洗」の案内に従って進むと、小さなトイレ。「ちゃちぃーなぁ」と思ったが、トイレの空間に入った瞬間、そんな風に思った自分を恥じた。なんとトイレには、かぐわしい芳香剤が置かれていたのである。そして、トイレそのものも、きれいに清掃されていた。予想だにしなかったこの配慮に感動した。

(この先もう少しトイレの話が続きますが、いま少しお付き合い下さい)

 たかがトイレ、されどトイレ。こういうところでその町の資質が大いに問われるのである。これまで色々なところを歩いてきたが、外部からの観光客に対するおもてなしの心が問われはじめている昨今、こうした小さいながらも細やかな配慮が、新しいリピーターを生み出すことを切に感じている。
 湯ヶ野は今度は泊まりで訪れてみたいものだ。川端康成が常宿していたのも頷ける。



■いざ最後の難所・小鍋峠へ

 その後、ゆっくりと福田屋を見学し、再び先ほどの橋横の案内板に戻ってきた。いよいよ本日最初にして最後の難関・小鍋峠越えだ。しかし、その入り口部がわからずしばし立ち往生。インターネット検索していたら、下田街道専門のサイトを立ち上げている方がおり、そこで拝見した小鍋峠入り口写真を思い出しつつ、「えいや」と一本の道に入る(写真白い矢印方向へ)。集落の間をゆく坂を登ると、集落が途切れ山道となる手前に「下田街道」と書かれた白い案内板があり、かなり安堵。先ほどのサイトには、道に迷いやすいなどのことが記されていたので、かなりビクついていたのだ。
ここが小鍋峠の入口です 案内板

下田街道マップ14|湯ヶ野地区〜北の沢橋

街道ではなく山道と化します
【小鍋峠へ続く山道】
 さっそく歩き始める。峠道はいきなり急坂となる。息が荒くなり、ふくらはぎがつりそうだ。それでも歯を食いしばって登ると、段々慣れてきたのか楽になってきた<しかしその実、息は切れ切れ。

 途中、ところどころに山道入り口で見た白い案内板が見られる。これで道に迷わないですむ。これを設置してくれた人に敬意を表したい。おそらく下田街道を愛している人なのだろう。案内板そのものも、設置されてからそれほど年月が経っていないようにも見える。もしかしたら、東海道制400年の2001年に設置されたのかもしれない(推測)。
 道の途中には、石仏なども多数見られ、往時の街道であったことを証明してくれている。しかし、私の前に以前誰かがここを訪れたのがいつなのかわからないほど、足跡などの痕跡は全く見あたらない。当然のことながら、ほとんど歩く人はいないのだろう。歩くのはほとんど山の中であるため景色は良くないし、ハイキングにしては距離が短い。しかし、道自体はよく整備されている。途中がけ崩れしたところもきちんと応急処置がほどこされている。天城の踊り子歩道とは大違いだ。
道の途中にはお地蔵様なども見られる こんなものも


■小鍋峠で自然を感じる

小鍋峠へ到着
【小鍋峠に到着】
 テクテク歩き、ようやく峠へ。白い案内板には「小鍋峠」と書かれている。しばし休憩。

 風がそよぎ木の葉揺れる音を聞いていると、思わず日常を忘れてしまう。その風が止まると無音の空間が拡がる。人工では決して作り出せない究極のものだ。偉大なる自然に感謝。

 20分ほどゆっくりした後、身体も十分休まったので再び歩き始める。今度は下りなので楽チンだ。

下田街道マップ15|北の沢橋〜荒増地区



■あっという間に麓(ふもと)へ

ホントに国道かと思うくらい細い道
【ホントに国道?】
 ところが、下り始めて5分も経たないうちに林道へ。あっけない・・。そのまま林道を軽快に下るといつしかアスファルトの道となり、家屋もちらほら見かけるようになる。毎度のことながら犬に吠えられたり(<しかも、周りを山に囲まれているため、犬が吠えるとこだまするする(笑))しながら集落を進むと、北の沢橋横で国道に合流。ここからは国道414号沿いをゆく。
 しばらく国道沿いを歩き、裏道へ。途中あずさ山の家などを横目に、再び国道へ。この辺りの国道は、国道と呼ぶにはおこがましいくらい非常に狭く、路肩も無くなり恐い。早歩き気味で進み、再び裏道へ。


■上原近代美術館近くのそば屋で昼食

上原近代美術館近くのそば屋さんで昼食
【そば屋で昼食】
 裏道へ入ってホッと一息。のどかな風景を堪能できる裏道をゆく。
 立派な上原近代美術館、上原仏教美術館の先にそば屋を見かけたので、ここで昼食。足を労りたかったので座敷に上がらせてもらう。天ざる(800円)を注文。ゆっくりできるかと思いきや、団体がドヤドヤ来てうるさい。そばをズルズルとすすり、そば湯を飲んでやっと人心地着いた。天ぷらはなかなか美味しかった。
 そば屋横のトイレを借用して再び出発。歩き始めてほどなく道路工事のため、人も通行止め!!またかよ・・・と思いつつも、奥を見てみるとホントに行き来出来そうもない。かと言って、戻って別の道を行く手だてもなさそうだ。しばし考えたあげく、苦肉の策で集落の隙間をすり抜けてぐるっと遠回りをしてなんとかクリア。せめて人が歩くくらいのスペースを作ってほしいなぁ・・。

下田街道マップ16|荒増地区〜蓮台寺地区



■以外に緑が豊富な伊豆半島

 そのまま集落を抜け、松崎へ抜ける県道へ合流。今度は東に向かって歩く。稲梓(いなずさ)川に架かる橋の手前で県道を逸れて川沿いの土手を歩く。その後、人専用の細い橋があるので、それを渡って国道へ合流。山あいの中を国道と稲梓川が続いている。途中、家屋もほとんど見られず、車の往来が無ければ秘境のイメージだ(<あくまでもイメージ)。
 伊豆半島と言えば、海というイメージがあるが、内陸部は意外に起伏の激しい山地が拡がっている。つまり、海あり山ありの自然の宝庫なのである。しかし、それが災いして道路整備は限界があり、結果交通渋滞となる。なかなか難しいものだ。
狭い谷筋に並行して走る稲梓川と国道


■街道に彩りを加えている六地蔵

六地蔵
【赤いおべべが印象的な六地蔵】
 道沿いに下田市浄水場などがぽつねんと建てられている。まだ花を咲かせていない桜の木が植わっており、もう少しするときれいな景色が見られるんだろうな。その後、国道を逸れて太陽建機レンタル建物横の砂利道へ進む。

 そのままアスファルトの道になり、鉄道踏切を渡ったりしながら細い裏道をのんびり歩く。下田自動車教習所を過ぎたところに赤いおべべをつけた六地蔵があった。なんとなく笠地蔵の昔話を思い出してしまった。この赤さが大変まぶしく、街道に彩りを与えてくれている。


■迷いながらもお吉ヶ淵へ

意外に人で溢れかえる蓮台寺駅
【蓮台寺駅】
 細い路地を進むと蓮台寺駅に到着。結構人がいるなぁ〜と思いきや特急踊り子号も止まる駅らしい。

 駅を後にしてすぐ国道に合流。ここで、お吉ヶ淵というところへ行きたいのだが、駅の案内板には何も記されていなかった。と、目の前にコンビニを発見したので地図を立ち読みしてみようと思ったが、なんとこのコンビニには地図が置いていなかった!こんなことってある?
 仕方がないので、手持ちの資料に記されたバス停名を頼りに国道を北上。6〜700メートル歩いたところにお吉ヶ淵を発見。予想していたよりかなり小さい。ここは、ハリスの妾となったお吉さんが投身自殺を図ったところだが、「こんなところで投身?」と一瞬思ったが、当時が現在と同じ状態であったはずがない。それにしても、事前に得た情報によると本日はお吉さんが投身した日であり、お祭りが行われることなので、さぞかし多くの人がいるのだろうと思いきや、人が1人もいなかった。どうやらもう終わってしまったらしい。
お吉ヶ淵 お堂も
お吉が描かれた絵も 全景


■吉田松陰寓寄の跡へ寄り道

 再び南下を始める。今度は蓮台寺へ向かう。ここは、吉田松陰の寓寄の跡があるのだが、勉強不足の私はてっきり蓮台寺というお寺があるのかとばかり勘違いしていた。なまこ壁の蔵などが見られるよさげな街並みを通過し、ひたすら歩くと蓮台寺湯の華小路案内板を発見。この小路を進んだところに吉田松陰寓寄の跡。茅葺き屋根の家屋があり、資料館となっているようだ。100円払い、ちょうど訪れた小さい子連れの若い夫婦と一緒に管理人のおじいさんの説明を聞く。ところが、この若夫婦、もっと自由に見学したかったらしく、おじいさんの説明をロクロク聞いていなかった。確かに、このおじいさんの説明は長かった。それでも、結構詳しく説明してくれたため、もともと長州には興味がなかったのだが、吉田松陰のことをもっと勉強したくなってきた。皮膚病であったということも初めて知ったし。

吉田松陰寓寄の跡(資料館)

下田街道マップ17|蓮台寺地区〜下田



■ようやく下田市中心地へ

正面に見えるは下田富士
【前方に下田富士】
 かなり時間が押している。時計を見ると16時を過ぎている。下田市中心地で立ち寄ろうと思っていた開港記念館(資料館?)に間に合わない危険性が出てきた。手持ちの割引券を見てみると、開館は17時半までだが、入場は17時・・あと1時間もない。残る距離は4km以上・・ピッチが上がる。前方に下田富士を見つつ稲梓川沿いをゆく。途中、道を逸れて下田奉行跡を見に行くも石碑などは見つけられず。
下田開国博物館
【下田開国博物館】
 川沿いの道から町中へ。車通りも激しくなり、周りも賑やかになりはじめたことから、下田駅が近いことが伺える。国道に合流したところで、一旦街道をはずれ、ひたすら開国記念館を目指すことに。ウロウロして、なんとか入場時間10分前に入ることができた。しかも、最後の客らしく、私が入った後入り口を締め始めていた。職員には申し訳ないが、ゆっくりと閉館の17:30まで見学した。見学者は私1人でなかなか気分が良い。肝心の資料館の中は、黒船、お吉、開国等に関する資料等を展示していたが、展示及び管理状態はあまりよろしくないようだった。100円割り引いて900円だったが、どんなもんだろう・・・。


■下田の主要スポットを見学しつつゴール地点を選定してみる

 開国記念館を後にして、下田市内を散策。まずは日米下田条約の締結地・了仙寺、新たに整備したペリーロード、なまこ壁と格子窓が美しい安直楼などなど。
了仙寺 安直楼
ペリーロード ペリーロード

 ここでちょっと話は逸れるが、今回の下田街道、これまでのように明確な終着点がない。資料には、ルートが2通りあるため、一応2箇所終点があるが、いずれも海に接するところで終わっている。このことを受け、私はその2箇所とは別の『ペリー上陸地点』を私の下田街道の終着点とした。下田街道の1日目は源頼朝と江川英龍、2日目は川端康成と井上靖、3日目は唐人お吉、そしてペリーである。下田は日本の幕開け場所だったところ。街道として、そして歴史としての意味を考えると、それが良いのではと。



■下田街道踏破っ

 そしてほどなく到着。ペリー上陸地点付近は、新たに公園として整備されていた。なんか甲州街道に引き続きあっけなく終わってしまった。でも、ここまでの間にものすごい色々なことが凝縮されている。
 伊豆半島そのものが、車を主体とした交通システム体系になっていたが、一本裏に入ると、そこには往時の情景を思い浮かべられるような趣ある街道が今なお生き続けていたのであった。
ペリー上陸地点


■エピローグ

下田駅にも明かりが灯りはじめていました
【帰りは下田駅から】
 下田は以前伊豆を旅した時に、通過しただけだったので、今回はじっくり見学しようと思っていた。しかし、結局到着が夕方になり、満足のいくものではなかった。しかも、悪いことは重なるもので、ペリー上陸地点を後にして、のんびりと街を散策しながら下田駅に着いた時、すでに特急は運行終了。ガーン。。。

 こういうオチかよと思いつつも仕方がないと観念し、次の鈍行が出発するまで、のんびりとお土産を物色するのであった。(完)
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歩数計 37,492歩
カロリー 1,579.7kcal
距 離 22.50km
時 間 9:57〜17:44
支 出 交通費|5,770円
飲食費|1,827円
その他|1,000円(施設見学料)

2004.7.1update
2007.1.20renewal


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