#第3日目|武佐−愛知川 平成16年(2004)9月20日(月) 天気:曇のち晴


中山道行程図〜第三日目|武佐−愛知川


■中山道放浪第3日目スタート
駅名が書いてある看板には中山道の文字が
【3日目のスタート地点・武佐駅】
 祝日の早朝、席がほどよく埋まるほどの乗客を乗せた、我が地元を走る南武線のような黄色い車体は、始発駅の近江八幡駅をゆっくりと発車した。4分ほど経つと、隣駅・武佐(むさ)駅に到着。ワンマン列車であるため、運転手に切符を渡して下車。
 いよいよ今日で中山道放浪も3日目。天気予報によると、3日目にして、ようやく雨の心配をしなくてもすみそうだ。空を見上げると、少し曇り加減であるが、これから天気が良くなりそうな予感を抱かせる薄雲の先に青空が拡がっている。
 大きく背伸びをすると、さっそく万歩計をリセットして武佐駅をスタート(7:36)。

■武佐宿
 人っ子一人いない街道をゆっくり歩く。まだ目覚めていない街道は、とても静かで、空気もおいしく、心地よい空間を醸し出している。朝は、良いものだなぁーちょっと眠いけど・・。ほどなくして、高札場跡と書かれた手書きの案内板。地元の武佐小学校卒業生が作成してくれたもので、大変微笑ましい取り組みだ。この先、至る所で見かけることができる。ちなみに、この高札場跡あたりが武佐宿の西の入口にあたる。
 武佐宿は、派手さはないものの、全体的に往時の面影が感じられる街並みが見られる。今も現役の旅籠・中村屋、その向かいの本陣、昔風に統一感を出そうと努力している郵便局商屋・大橋家、そして通りを渡った先には平尾家(向かいには、明治天皇御聖跡あり)、町会館となっている脇本陣、そして洋風建築の旧八幡警察署など、街道を構成する歴史資源には事欠かない。先ほどの小学生の手作り案内板と言い、正直に言うと意外に良い宿場(街)だった。期待していなかったからこそ、喜びもひとしおだ。・・これが街道歩きの醍醐味なんだなぁ。
 宿場の締めは宿場名と同じ牟佐(むさ)神社。境内は、きれいに清掃してあって、大変気持ちよい。その先に、手作り案内板。しかし、あろうことか逆向きになってました。書いてある字も良く見えず・・(大門跡?)。
高札場跡 武佐宿の街並み 武佐宿の街並み 今も現役の旅籠・中村屋
本陣跡 景観に配慮された武佐郵便局 大橋家 象も通りました
よさげな家屋 旧八幡警察署 脇本陣跡 明治天皇御聖跡
役人平尾家 宿場内の小学校 牟佐神社 大門跡?


■風情の感じられる老蘇地区をゆく
 宿場を抜け、同じような街並みの続く一本道をゆく。車は全く通らず、気持ちよいはずだが、この辺りから太陽が顔を出し始め、やはり今日も暑くなってきた。また日焼けしてまう・・・「どうせ雨降るんだ」と言って、日焼け止めを持ってこなかったのは失敗だった。しばらくゆくと、左手に泡子延命地蔵の碑。そこに書いてある案内板を読むとなかなか変わった由来があり、思わず苦笑してしまった(いずれどこかに記載します)。
 信号のある交差点部に、「中山道 西老蘇」と書かれた碑がちょっとしたポケットパークの中に建てられている。もっと金の使い道があるのでは・・と思いつつも、地元の中山道に対する思いが感じられて嬉しかったり。この西老蘇地区もよさげな落ち着いた街並みが見られる。
 東光寺鎌若宮神社茅葺き屋根の家屋などを見つつ、旧道らしい細い道をゆるゆる進むと、左手に大きな鳥居を構える奥石神社。参拝をしなかったが、この奥は、昔から老蘇の森と呼ばれているようだ。さらに進み、ちょっと開けたところで国道に合流。
泡子延命地蔵碑
泡子延命地蔵碑
立派すぎますが・・・
立派な標柱
よさげな街並み
よさげな街並み
東光寺
東光寺
鎌若宮神社
鎌若宮神社
茅葺き屋根
茅葺き屋根
奥には老蘇の森が
奥石神社
落ち着いています
老蘇の街並み


■老蘇地区を後に
老蘇地区は中山道に対する取り組みが積極的です
【老蘇地区の東の入口】
 国道に合流する手前右側に、中山道東老蘇と書かれた石碑。西側の立派な標柱と言い、老蘇地区はかつての宿場町ではないのに、中山道に対する取り組みが大変素晴らしいものがある。飛び抜けた選手はいないけど、つぶぞろいの選手が揃っている・・・そんなチーム(街)の印象だ。
 さて、中山道は、この石碑の信号で右折(国道に合流)するが、その前にあるものを眺めるため、ちょっと直進して、新幹線の高架下をくぐってみた。


■観音寺城を左手に
 手持ちの資料を見ると、前方に見える山がかつての観音寺城跡だと書いてある。観音寺城と言えば、戦国時代六角家の居城であったが、信長に攻められている。やはり戦国時代、山城が多かったのだな〜と実際に目にしてあらためて実感。再び国道に復帰し、交通量の多い国道沿いを歩く。国道と平行に走っていた新幹線の高架下を通過し、左斜めに進む細い道があるので、国道を離れ裏道へ。この細い道を歩いている途中で五箇荘町へ。再び国道に合流する手前左に清水鼻名水。ここの水は美味しいのか、大きなポリタンクを持った地元民らしき人が訪れていた。なので飲めなかった・・。
かつては山城が多かった
観音寺城跡
国道は車の交通量が多いですよー
新幹線高架下を通過
国道は車の交通量が多い・・・
国道から裏道(左)へ
清水鼻名水
清水鼻名水


■近江商人の街へ
てんびんの里
【近江商人の里入口〜右へ】
 国道に合流後、少し逆戻りしてコンビニに立ち寄る。昨夜宿泊したホテルにタオルを忘れてきてしまったので、コンビニで購入するためだ。ついでに飲料も調達し、再び東へ。
 右斜めに進む道が見えてきたら、そのまま右の方向へ。中央の分離帯にはてんびんの里と書かれた石碑(写真の上にマウスを載せて下さい)。
 いつものことだが、予想以上の気温の上昇にバテ気味で、特別な感慨は起こらず、そのまま先を目指す。


■五箇荘の近江商人
 石碑を後にすると、少しだけ松並木。この辺りは、かつて松並木が続いていたのだろうか。道幅は割と広いが車通りの少ない道を歩いていると、茅葺き屋根の家屋が目立つ(下の写真の茅葺き屋根2の方は、かつてういろうを売っていたお店)。
 少し廃れかけの古い家屋やかつての街道風景を偲ばせる常夜灯釣鐘などを横目に、分間延絵図が描かれている案内板のあるポケットパークに遭遇。少し一休みするかと、ベンチに腰をかける。この時、今日は少し早めに切り上げるかと思い始める。また明日から仕事があるし、3連休最終日の新幹線は中途半端な時間だと座れない可能性が高いためだ。<こういうところは慎重派
分岐してすぐに
少しだけ松
茅葺き屋根
茅葺き屋根1
茅葺き屋根
茅葺き屋根2
鳥居前の一般車両通行禁止の案内板が景観阻害
大郡神社へ続く参道
ちょっとボロ気味・・
かつての面影
大きな常夜灯〜街道脇に
大きな常夜灯
西沢梵鐘鋳造所にて
釣鐘
分間延絵図のあるポケットパークで休憩
ポケットパーク

■五箇荘町→(消滅)→東近江市へ(H17.2.11)
 五箇荘町は、近江商人発祥の地として知られており、それがため落ち着いた街並みを今でも見ることができる。特に、街道沿いではないところに、その真骨頂を感じられるようだ。しかし、その町名も、平成17年2月11日に平成の大合併により消滅してしまうようだ。五箇荘町役場に横断幕がかかっており、周辺の八日市市、永源寺町、愛東町、湖東町と合併し、東近江市となるとのこと。こうして、また一つ歴史が消えていくのかな〜と、寂しくなってしまった。
 それでも、今でも街並みは往時の面影を感じられる茅葺き屋根の家屋などが残っており、これらがいつまでも歴史を物語っていってくれることを願って止まない。
 近江鉄道の踏切を横断し、そのまま進むと左手に常夜灯。さあ、これから愛知川を渡ります。
H17.2.11に市町村合併で五個荘町はなくなり、東近江市となります
五箇荘町役場
この辺りは茅葺き屋根が点在しています
茅葺き屋根
踏切を渡って直進
踏切横断
この辺りがかつての橋があったところでしょうか(現在架かっている橋は、少し微妙にずれているようです)
愛知川手前に常夜灯


■今昔木曾街道六十九次−恵智川−
 かつて広重の描いた絵は、現在ほぼ同じような構図を眺めることができる。
 愛知川にかかる橋手前の標柱に「むちんはし はし銭いらす」と記されており、通行料を取ることなく橋を渡ることができた。現在かかる橋の手前に、かつての橋がかけられていたようだ。遠くに見える山景も含め、往時を偲ばせるに十分な素材が揃っているのが大変嬉しい。
木曾街道六十九次 愛知川 広重作


■そろそろ恵智川宿
 愛知川にかかる御幸橋を渡り終えたところ右手に、出来たばかりかと思うような新しさが目にまぶしい祇園神社。それを横目に、緩やかな下り坂となっている国道沿いを歩く。下りきったところ右手に「中山道愛知川宿」と書かれた立派なアーケードが架かる交差点。その交差点の左手片隅に一里塚跡の石碑
新しめの神社
祇園神社
国道は緩やかな下り坂
もうすぐ愛知川宿
愛知川宿入口手前に
一里塚跡

■恵智川宿
 立派なアーケードをくぐって恵智川宿へ。大きな特徴のない街並みが続くところのように見えるが、その道の細さが、かつての宿場町を物語っているとも言える。この宿場で目立っていたのは、宿場に入ってすぐ目に飛び込んできたかつての旅籠・竹平楼。今も現役の料理旅館である。門の右側に明治天皇御聖蹟と書かれた石碑があったが、あいにく植木の剪定中だった。
 さらに歩みを進めていると、脇本陣跡や高札場跡など、石碑が往時の面影を偲ぶのみだが、ところどころに雰囲気のある家屋なども見られ、国道開発などの余波を受けていないように伺えた。
 再び立派なアーケードと遭遇したところの交差点で、旧道を離れて右折。まだ午前中ですが、今日の旅路の終着点・愛知川駅に向かいます。
愛知川宿入口 愛知川宿の街並み ある建物内部には、このようなものが 手前の建物右下に高札場と書かれた石碑が
八幡神社 旅籠竹平楼 旅籠竹平楼 広重の描いた絵が置かれたポケットパーク
建物の右下に愛知川宿北入口の石碑 旅籠竹平楼 旅籠竹平楼 愛知川宿北側の入口


■3日連続の中山道終了!
駅ギャラリーや地元特産などが展示されている愛知川駅
【愛知川駅が終了地点】
 数百メートルで愛知川駅に到着。駅と言ってもかなり立派なもので、ギャラリーや地元特産などが展示された空間が併設されている。ここが、駅の待合所も兼ねており、クーラーがかかっていて大変感謝感謝。

 Tシャツを着替えた後、次の電車が来るまで、次はこの駅からだな〜とぼんやり思いながら、ゆっくりと涼ませてもらったのでした。(つづく)
→第四日目|愛知川−醒井 その1へ


歩数計 16,031歩
カロリー 797.8kcal
距 離 11.22km
時 間 7:36〜10:50
支 出 交通費|−−円
飲食費|−−円
その他|−−円

2004.10.07update


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