#第3日目|上田−屋代 平成16年(2004)4月10日(土)天気:晴れ



■北国街道3日目プロローグ
地元駅前の八重桜
【地元駅前の八重桜】
 朝の5時に目覚めた。旅に行く時は、早起きが苦にならない。早起きした分時間を有効に使えるし、朝日と同時に目覚めるのは気持ちが良いものです。これが職場への出勤となると、モゴモゴ・・(以下自粛)。

 昨夜のうちにカバンに必要な荷物は詰め込んであったので、顔を洗ってさっそく出発。地元駅前のソメイヨシノ桜並木は葉桜になりかけているけど、八重桜桜並木はちょうど見頃!そして「今日の出発点・上田の桜は?」と言うと、入念な事前調査の結果、ちょうど見頃を迎えているはずなのだ。実は、この桜を見るために、前回の放浪から日を空けたのでありました(<かれこれ3ヶ月以上)。
 ついでに、本日は屋代まで歩き終えた後に更埴(現在は千曲市)のあんずの里に立ち寄って、杏(あんず)の花も見れたらと思っているが、こちらは終わりかけているという情報もあり、一体どうなることやら。

浅間山
【しなの鉄道滋野駅】
 東京駅始発の長野新幹線に乗車。念には念を入れて、事前に指定席を確保していたのだが、前回年末に乗車の際はガラガラだったのに比べて、結構席が埋まっている。2列席が取れなくて富士山が見れなくて残念だと思っていたら、軽井沢近くで真っ白な雪をかぶった浅間山を見ることが出来てラッキー!しかも、結局富士山は天気が良すぎて、霞んで見えなかったし。

 東京を出て1時間半弱、あっという間に上田駅に到着。

■上田駅から街道歩きスタート
 改札口を出てから、万歩計をリセットしてさっそくスタート!(7:55)
 駅前の真田幸村像を撮影した後、気温の電光版を見ると7度。シャツ1枚だが寒いということはなく、逆にひんやりした空気が心地よい。前回訪れた際に気温3度で震えていた時と比べると雲泥の差だ。北に向かっている緩やかな登り坂を進む。街道に復帰する前に、本日最初にして最大の目的である桜を見るため、上田城に立ち寄ることにする。
 お城に向かう途中、前回訪れた上田高校前に桜が植わっていたことを思い出し、立ち寄ることに。3ヶ月前はトーン低めの寂しい風景だったが、花乱舞・満開である!何枚かを撮影したのち、期待に胸を膨らませながら本命・上田城へ向かう。

■桜の名所・上田城を満喫っ!
  ところが、予想に反して朝早くからたくさんの人が訪れている。しかも、城内の駐車場はすでに満車状態だ。ぎょー・・。人々の身軽さから察して、地元の人が多そうだ。それでも、おそらくピーク時に比べれば、まだまだの人の入りだと思われる。そんな人々に惜しげもなく自らの美しく華麗な姿を見せてくれているのが主役・桜だ。上田城内は、ソメイヨシノだけでなく、シダレザクラも同時期に満開を迎えていた。櫓やお堀らと共演する様は、春の女王と呼ぶにふさわしい風景をつくり出していた。これは、ちょっとだけ見て済まそうと思っていた自分が浅はかだった。
 「圧巻」の一言に尽きる。
 今年の桜・第一位はここで決まりだ!と言っても、今年はあまり花見に出掛けてないけど・・。
上田城(櫓)と枝垂れ桜→桜紀行2004へ


■街道に復帰。本格的なスタート
ぬいぐるみかいっ
【立派な犬小屋に...】
 いつまでも居たかったが、今日は(一応)歩きがメインなので、後ろ髪を引かれつつお城を後にする。未だ櫓の内部を見学していないので、またいずれ来る機会があるだろう。それに、今日は夕刻までに杏の里に行くのだ。あまりのんびりしてはいられない。
 街道復帰する手前で、香しいパンのにほひにつられてパンを購入(暖かくなりましたね〜と店員のお姉さん)。
 前回終えたポイントに到着。その角にあるなまこ壁の蔵を持った格子窓の家を撮影して、本格的にスタート。歩き始めてすぐ左手に立派な犬小屋。しかし寝ていたのはぬいぐるみ。思わず笑ってしまった。


■変わったお寺・芳泉寺に立ち寄る
 細い道をゆく。立派な酒屋など趣のある建物が見られ、落ち着いた通りが心地よい。ちょっとわかりづらいが左手に道標があるところで左折し、芳泉寺に寄り道する。このお寺には、真田信之の妻である小松姫のお墓があるのだ。やはり真田びいきとしては訪れねばなるまい。しかし、このお寺、かなり変わったお寺だった。どうも一口に言えないので写真を見て頂ければ・・と思ったのだが、その風変わりさに圧倒され、写真を撮ることも忘れてしまった。肝心の小松姫のお墓は立派だったが、薄れてしまった感は否めない。
ここは・・・変わったお寺です 小松姫のお墓


■のんびり街道をゆくが・・・
右手に山が迫ってきた
【右手に山が迫ってきた】
 街道に復帰。西枡形の地形を通過後、国道へ合流。これまでの落ち着いた通りとの格差にビックリする。やはり国道の交通量は格段に多い。しかし、意外にも格子窓の古い家屋などを見かけ心が安らぐ。ほどなく右斜めに進む細い道があるので、再び裏道へ。車のほとんど通らない良い道だ。歩いていると、徐々に右手の山が迫ってきた。
西上田駅
【トイレ借用のため立ち寄った西上田駅】
 そんな折、急にもよおしたくなってきた。しかし、行けども行けどもトイレはなく、スーパーを見つけるも開店前で閉まっており、せっかく良さげな道が続いているのに、街道への関心からトイレのみに気持ちは集中してしまうことに。かなり限界が来ており、地図をじっくり見て、少し距離があるが「西上田駅に賭けるしかない!」と街道を逸れてひたすら駅を目指す。その途中も街道筋ではないが落ち着いた古い街並みが見られるが、そっちのけで駅を目指す。そしてようやく駅に到着。肝心のトイレはと言うと「あったーーーーーーーーーーー!」安堵・・・・西上田駅に感謝!!!!


■落ち着いた裏道をゆく
右手の山がさらに迫ってきたっ
【山がさらに迫ってきたっ】
  ようやく気持ちも落ち着いて再び歩き始める。ゆとりが出来ると、周りの風景に目をやることができる。気づいてみれば、どこもかしこも満開の桜が見られる。ホントちょうど良い時期に訪れたなぁ。毎日開花チェックをしただけあったぞー。
テクテク裏道を歩いていると、右手の山がさらに迫ってきた。ほどなく国道へ合流。

 国道合流後、左手に千曲川が流れているのに対して、右側は急な崖となっており、補強工事を行っていた。昔は、この崖を道が通っていたようで、難所の一つとされていた。
この崖を迂回して先へ。ほどなく『鼠宿跡』。松代藩の私宿だったという。今は当時の面影は見られないが、なんとなくよさげな道だ。ベンチでちょっと休憩してから歩き出す。歩き出してすぐ右手に会地早雄神社。境内には、大きなケヤキの木、芭蕉句碑などが見られる。
かなり急峻だっ
補強工事
会地早雄神社
会地早雄神社
芭蕉はどこでも訪問してますな
芭蕉句碑
小学校の桜も見頃
【小学校も桜満開】
  神社を後にすると、しばらく国道歩きが続く。この国道、交通量は多いが、意外に昔ながらの家屋が多い。コンビニのところで右斜めの裏道へ。緩やかな登り坂となる。途中、小学校の桜にみとれていると、なにやら騒がしい声が前方から聞こえてきたので、そちらを見てみると、アジア系の顔立ちだが何語だかわからない言葉ではしゃぎながら10人くらいの自転車の集団がやってきて通り過ぎていった。旅行者・・・かな?

 裏道をゆくも、ほどなく国道へ。国道へ入ってほどなく『文化の館』。外観は立派だが、何をしているところなのか良くわからない。一応裏から中に入っていこうとしたが、それを受け付けない雰囲気が漂っていたため、先を目指すことにした。

■擬洋風建築「格致学校」に寄り道
 そのまま国道を進み、左斜めに進む道があるので旧道はそちらに続いているが、その前に寄り道。擬洋風建築の『格致学校』を見に行くのだ。ちょっと傾斜のある登り坂を進む。春なのに夏のような強い日差しにちょっとバテ気味。目指す建物は、図書館に併設されていた。内部も無料で見学できると書いてあったので、図書館のおじさんにお願いしに行ったら快く応じてくれた。建物自体は小さめだが、保存状態は良い。今後どう活用していくか検討中だと話していたが、やはり観光用に開放するのが良いんじゃないかなぁ。ただ、難点は開智学校(松本市)に比べて外観が地味、そして駅から遠いこと。

 おじさんにお礼を言って学校を後にする。そして街道に復帰。往復30分の寄り道でした。
格致学校 内部の様子


■村上義清−信玄の初めての強敵
村上義清のお墓
【村上義清のお墓】
  先ほどの左斜めの道を進むも、あっという間に国道にぶつかる。ぶつかったところにある電光掲示板の気温は19度となっている。時計を見るとちょうど12時。朝からすごい気温の上昇率だ。ちなみに、先ほどから上着を脱いでTシャツで歩いている。
 その電光掲示板のところから、国道を横切って再び右斜めに進む裏道へ。さっきから雰囲気の良い旧道が続く。北国街道、本当にオススメです。甲州街道に比べて歩道も多いし。テクテク歩くと右手に十王堂。その裏手に『村上義清の墓』。村上義清は戦国時代の雄で、若かりし頃の信玄に唯一負けを味わせた男でもある(ただし、結局は敗れ去っている)。私は、親・武田家なので、どちらかと言えば村上氏は敵であった。しかし、ここでは英雄として大事にされている。戦国武将としてのみならず、人としても優れていたのだろう。


■坂木宿をゆく
坂城宿の街並み。右手は名主坂田家
【坂木宿をゆく】
 さらに進み、コンビニや神社が見られる十字路を左折。ひなびた商店街が続く。そのまままっすぐ進むと突きあたり左手にしなの鉄道坂城駅。ここを右折すると緩やかな登り坂が始まる。途中、改修中の『本陣跡』や『脇本陣跡』が見られる。この辺りがかつての『坂木宿』のようだ。

 そのまま北上し、坂城神社や村上屋敷跡等(の入口)などを見つつ、枡形の宿場を歩く。長野や上田といった都市が近いためか、廃れた雰囲気は全くなく、立派な家屋が街道沿いに並んでいる。宿場を抜けると国道へ合流。


■「渡し跡」で休憩−のどかな風景を堪能
 裏道から一転して交通量の多い国道沿いをゆく。国道沿いは単調で車の往来が激しく良いことが何もない。これは、どの街道でも同じだ。
 と、左手に『渡し跡』と共に東屋があったので、車の来ない時を見計らって反対側へ渡り、東屋で休憩。すぐ裏には千曲川がゆったりと流れており、のどかな風景を堪能できる。
 20分ほど休憩して、身体も休まったので再び歩き始めた。


■上戸倉宿の街並み
上戸倉宿の街並み
【上戸倉宿の街並み】
  渡し跡を後にすると、市町村合併にて新しく誕生した千曲市の看板のすぐ右手に踏切があるので、それを渡って裏道へ。ふぅ〜。ほっと一息。
 この裏道辺りは、かつての上戸倉宿である。ところどころに昔ながらの家屋があり、車の往来も少なく、旧道風情を十分堪能できるはずが、なんとなく集中できない。なにしろ、この街道歩きの後に見に行く予定の杏の里で、頭の中が支配され始めてきているのだ。

 街道は、再び国道に合流。 


■下戸倉宿は国道沿い
 やはり国道沿いの交通量は半端じゃない。辟易しつつも、上山田温泉へ続く桜並木などを見て気を紛らわす。ちょうど満開で、気持ち良いぞー!
 しばらく国道を歩くと、左手に茅葺き屋根の大きな家屋が目に飛び込んでくる。かつて「下の酒屋」と呼ばれた坂井酒造である。この辺りが下戸倉宿だが、国道の車の往来に埋もれてしまっている感は否めなかった。
上山田温泉へ続く桜並木 坂井酒造(下の酒屋)


■屋代駅で本日の街道歩き終了
屋代駅で本日の街道歩きは終了
【しなの鉄道屋代駅】
 下戸倉宿を抜けると、右斜めに続く道があるので裏道へ。見どころないまま細い道を進み、鉄道がすぐ脇に走るところ(芭蕉句碑あり)で20分ほど休憩。桜が1本植わっているところで、ここもちょうど見頃。綺麗だなぁ〜。
 再び歩き始めるも、特徴のないところが延々と続き、しかも春になったばかりのはずなのに夏のような日差しの中で少々バテ気味のまま惰性で歩く。

 そのまま裏道をゆくと、徐々に賑やかさが増してくる。久しぶりに信号のある大通りにぶつかったところで、街道を離れて右折。ほどなくして屋代駅に到着。駅前は出店が出ていたりして、ずいぶん賑やかだ。今日の街道歩きは、ここで終了。なんとなく最後が締まらない1日となってしまったが、バスの時間に間に合いそうなので、この後予定通りあんずの里に行くため、バス停に向かって歩き始めた。(つづく) 

→あんずの里(桜紀行&杏紀行2004)へ
→第4日目|屋代−長野 へ


歩数計 35,805歩
カロリー 1,508.6kcal
距 離 21.49km
時 間 7:55〜15:16
支 出 交通費|6,870円
飲食費|240円
その他|0円

2006.4.2update


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